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東京地方裁判所 昭和34年(行)163号 判決 1960年7月19日

原告 木村威 外四名

被告 国・通商産業省共済組合・国家公務員共済組合連合会

訴訟代理人 武藤英一 外三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(請求の趣旨)

被告国が原告らに対し、原告らが毎月俸給支払日に被告国より支払をうけるべき別紙目録俸給欄記載の俸給より同目録掛金控除額欄記載の金員を控除する権利を有しないことを確認する。被告通商産業省共済組合及び被告国家公務員共済組合連合会が原告らに対し、原告らが毎月俸給支払日に被告国より支払をうけるべき別紙目録俸給欄記載の俸給より同目録掛金控除額欄記載の金員を請求する権利(払込をうける権利)を有しないことを確認する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

(請求の原因)

一、原告らはいずれも通商産業省に勤務し、被告国と雇傭関係にある国家公務員である。被告国は原告らに対し俸給支給者の立場にあつて、毎月俸給支払日に国家公務員共済組合法(以下「法」という)第一〇一条第一項にいう給与支給機関を通じて原告らの別紙目録記載の給与から同目録記載の共済組合長期給付掛金相当額を控除している。被告通商産業省共済組合(以下「被告組合」という)は法第三条により設立された法人格を有する組合で、連合会加入組合であるが、同組合は前記機関が控除した前記金額を原告らより払込をうけている。被告国家公務員共済組合連合会(以下「被告連合会」或いは「連合会」という)は法第二一条により設立された法人であつて、被告組合が払込をうけた前記長期給付に充てるべき共済組合掛金を同組合より払込をうけている。

二、昭和三四年五月一五日法律第一六三号「国家公務員共済組合法の一部を改正する法律」が公布施行され、同年一〇月一日から原告らは新たに長期給付に関する規定の適用をうけ、長期掛金を支払うことになつたが、被告らは、同年一〇月一四日付官報告示の被告連合会の定款変更を根拠として、同月一五日付被告組合代表者の通商産業大臣宛ての文書並びにこれに基く同月一六日付通商産業大臣の部内の各長宛ての通達等によつて、同月二四日並びに同年一一月二五日、原告らの同年一〇月分及び一一月分の各給与から、それぞれ千分の四四の掛金率により長期給付に充てるべき掛金に相当する金額を控除した。

三、しかしながら、原告らの俸給と長期給付に充てるべき掛金との割合(以下「掛金率」という)の決定については、原告らの所属する被告組合の定款変更なくしてなんらの効力も生じないというべきで、しかも、右定款変更は、法第六条第一項第六号第二項、第九条、第一〇条により、被告組合の運営審議会の議を経て大蔵大臣の認可をうけなければその効力を生じないから原告らの所属する被告組合の運営審議会も未だ開かれず、定款の変更もなされず、したがつて掛金率の決定もなされていない現在、原告らは被告らに対し未だ具体的な掛金債務を負担しないといわねばならない。被告連合会のなした掛金率の決定並びに定款変更は、法第二一条、第二四条の連合会の設立目的並びに定款規定事項からみて、法律上許されないことである。しかしかりにそれが許されるものとしても、被告連合会の定款変更は原告らを拘束する効力はないというべきである。

四、よつて被告らに対し、被告らがそれぞれ原告らに対し請求の趣旨記載のような権利を有しないことの確認を求める。

(請求の趣旨に対する被告らの答弁)――(たゞし、被告組合及び被告連合会はいずれも第一回口頭弁論期日に出頭しなかつたので、その陳述したものとみなされた答弁書の記載による。以下の請求原因に対する答弁及び被告らの主張についても同じ。)

主文と同旨の判決を求める。

(請求の原因に対する被告らの答弁)

第一項、第二項は認める。第三項の主張は争う。被告組合が長期掛金率についての定款の変更手続をとつていないことは認めるが、俸給と長期給付の掛金との割合は連合会の定款で定められるべきものである。

(被告らの主張)

一、国家公務員共済組合法第一〇一条第一項によつて、「組合員の給与支給機関は、毎月、俸給その他の給与を支給する際、組合員の給与から掛金に相当する金額を控除して、これを組合員に代つて組合に払い込まなければならない」ものとされている。そして法第一〇〇条第二項、第四一条第一項(括弧内の読みかえ規定)によれば、右の「掛金は、大蔵省令で定めるところにより、組合員の俸給を標準として算定するものとし、」長期給付にかかる掛金に関する限り、「その俸給と掛金との割合は、連合会の定款で定める」ものとされているのである。

被告連合会は、昭和三四年一〇月一四日定款の一部を改正して、その掛金率を千分の四十四と定め、この定款の変更は即日大蔵大臣の認可を受けて、その効力を生じた。(法第二四条第二項、第六条第二項)すなわち、長期給付にかかる掛金については、法第一〇〇条第二項(第四一条第一項)、第二四条第二項(第六条第二項)に従つて適法、有効に、連合会の定款で定められたのであるから、給与支給機関が右掛金に相当する金額を給与から控除することは当然の職務であり、少しも違法、不当でない。

かように右の掛金率は連合会の定款によつて定められるのであつて、それは連合会加入組合(以下単位組合という。―原告らの所属する通商産業省共済組合も単位組合である。)の定款に記載されなければ効力を生じないと解すべきものではない。以下、この点につき若干の説明を附け加えておく。

単位組合の定款の必要的記載事項をかかげた法第六条第一項は、その第六号において、「給付及び掛金に関する事項」と規定しているのに対し、連合会の定款の必要的記載事項をかかげた第二四条第一項は、その第六号において、「長期給付の決定及び支払に関する事項」と規定するだけで、同条項に関する限り掛金に関する事項については特に明示を欠いている。このことから一見すると疑念を持たれるうらみはあるが、しかし、それは法第一〇〇条第二項(第四一条第一項)において、長期給付にかかる掛金は連合会の定款で定めると規定することによつて、明確に解決されている。すなわち、この規定によつて長期給付の掛金については連合会の定款の記載事項とされると共にその掛金は連合会の定款によつてのみ決定されることが明らかにされているのである。従つて法第六条第一項第六号の規定は、長期給付に関する限りにおいては大きな意義を有するものでなく、それはせいぜい既に連合会の定款で決定された事項ではあるが、その重要性に鑑み、それを単位組合の定款にもかかげて、これを公告し、その周知徹底をはかろうとする意味しか有しないものである。だから長期給付の掛金は連合会の定款によつてのみ決定され、これが連合会の定款で定められた以上単位組合の定款に掲げられなくともその効力の発生には影響なく、また単位組合の定款には連合会の定款で定められたところと異る掛金率を記載することは許されず、仮にかような記載がなされたとしても給与支給機関はその単位組合の定めに従つて控除をすべきものではないのである。(長期給付の決定及び支払に関する事項についても同様の理である。)

二、以上のことは、法の明文上から疑いを容れないところであるが、さらに制度の実体面から見ても明らかなことである。すなわち、もともと長期給付の制度は、公務員の退職、廃疾、死亡等に際し、当該公務員もしくはその遺族の生活の安定をはかることを目的とした保険制度であり、法は、連合会加入組合にかかる長期給付の決定及び支払並びに責任準備金等の管理及び運用は当然に連合会がこれを行うものとしたのである(法第二一条一項)。いわば、連合会が保険者の地位に立つているのであり、連合会加入組合にかかる長期給付については、連合会においてプールされ、統一的な保険件算が行われることになつているわけである。この点昭和三三法律第一二八号による全文改正前の旧法において、各組合が法律的に保険者であり、単にその長期給付の実施を連合会に委託していたのとは大いに異るのであつて、新法が長期給付の掛金率を連合会の定款で定めることとしたのは新法の趣旨からいつて、むしろ当然のことといえよう。

(被告らの主張に対する原告らの主張)

被告らは、長期給付の掛金率の決定権は連合会にあると主張するが、その主張は、次にのべるとおり、明文上はもとより、改正前後の経緯、制度の実体面からの考察からしても不当である。

一、従来恩給法の適用なき非現業官庁の雇傭人については、昭和二三年以降、国家公務員共済組合法による長期給付の制度が適用され、連合会がその実施に当つてきたが、掛金率の決定は連合会の定款によることなく、各省庁共済組合の定款により行われ、そのうえ、昭和三三年法の全面改正の結果昭和三四年一月一日以降新たな長期給付制度が適用され、その制度改正によつても長期掛金率の決定は各省庁共済組合の定款変更によつて行われてきたのである。右の改正された長期給付制度が、昭和三四年法律第一六三号により同年一〇月一日より雇傭人以外の非現業官庁国家公務員にも適用されたのであるから、掛金率の変更は従来と同様各省庁共済組合の定款変更によるべき筋合である。

二、そこで監督官庁である大蔵大臣は、本件長期掛金率の決定に当つて、各省庁共済組合代表者宛に昭和三四年一〇月三日、同月六日それぞれ監督命令、通達を発し、各省庁共済組合の長期掛金率の定款変更を指示、命令した。したがつて各省庁の当局においても、右指示、命令をうけて単位組合の定款変更を行うために運営審議会の開催を計画し、被告通商産業省共済組合においても同月一二日付運営審議会委員宛の開催通知では、単位組合の定款変更が行われない場合掛金徴収は不能であることを自認していた。さらに同月一六日頃原告の所属する国家公務員労働組合の代表者が、被告連合会今井理事長と会見の際、同理事長自ら、個人的立場より連合会の定款変更のみでは掛金率は決定されないと言明していた事実もある。

三、掛金率の決定、変更は被保険者である共済組合員に密接かつ重要な関係を有する事項であるから、組合員の意思が充分反映するような民主的な機構、手続が要請されたのである。法も被保険者である共済組合員に直接結合している単位組合を主体に考え、掛金率は定款規定事項として、その変更は被保険者である共済組合員の代表委員によつて構成される運営審議会の議を経なければならないとしている(運営審議会には、多くの単位組合においては被保険者である一般組合員の代表である労働組合の代表が委員として参加している。)しかるに、連合会の定款変更の際付議される評議員会は、その構成自体も一般組合員の代表が参加せず、単に各省庁の共済組合事務主管課長が任命され、それにより構成しているにすぎないから、そのような連合会の定款変更によつて単位組合員の掛金を拘束することはできないというべきである。

四、制度の実体面からみても、法律上給付を行う者は各省庁の共済組合であり(法第四〇条)、保険者は各省庁共済組合であつて、被告らの主張するように連合会が保険者の地位に立つものではない。連合会は、長期給付の決定及び支払の事務を共同して行う組織にすぎないから、長期掛金率という被保険者の基本的権利に関する事項を決定することは実体的にも不当である。また、長期給付に要する費用も、法第九九条第一項第二号から、各省庁共済組合が行う給付に要する費用でありその費用の算定方法、算定単位も法第九九条第一項第二号同法施行令第一二条、第一二条の二から連合会が算定するとの結論は生じない。この点の被告らの主張も誤りである。各省庁共済組合が自らその資料を集めて長期給付に要する費用を計算することが充分可能であり、かつ保険者たる地位にも適合しているというべきである。しかして、長期給付に要する費用の算定が行われると、それに要する掛金の俸給に対する割合すなわち長期掛金率も法第九九条第二項、施行令第一二条第四項の規定から算定することが充分可能である。このように長期給付に要する費用及び長期掛金率の算定方法が法令により定められている以上、各省庁共済組合がそれぞれ異つた結果になることはありえない。かりに万一異なつた結果が出たとしても、長期掛金率については大蔵大臣の定款変更認可権によつて調整出来るのである。したがつてかりに連合会が長期給付に要する費用の算定と長期掛金率の算定を行つたとしても、それは参考となる基礎資料作成の作業を行つたという効果があるだけで、共済組合員を拘束する法令上の根拠ということはできない。

証拠<省略>

理由

原告らは通商産業省に勤務する国家公務員であつて、それぞれ別紙目録記載の俸給額の支給をうけているものであるが、昭和三四年法律第一六三号国家公務員共済組合法の一部を改正する法律の施行により同年一〇月一日から新たに長期給付に関する規定の適用をうけることになつたものであること、原告らの給与支給機関が原告らの昭和三四年一〇月分以降の俸給から、長期給付に充てるべき掛金として、右俸給額に対する千分の四十四の割合による別紙目録記載の掛金相当額を控除し、被告組合及び被告連合会において、順次右掛金額の払込をうけていること、被告組合が長期給付の掛金率についての定款の変更手続をとつていないこと、はいずれも当事者間に争なく、被告連合会が昭和三四年一〇月一四日定款の一部を改正して長期給付の掛金率を千分の四十四と定めこの定款変更につき即日大蔵大臣の認可をうけたことは原告らが明らかに争わないところである。

原告らは、連合会の右定款変更の効力を争うが、被告組合のような連合会加入組合(法第二一条施行令第一〇条)にかかる長期給付の掛金率は連合会の定款で定められるべきものであることは、法第一〇〇条第二項第四一条第一項に規定するところであつて、しかも右規定は、連合会加入組合にかかる長期給付の掛金率が連合会の定款によつてのみ決定されることを規定したものと解すべきである。けだし、昭和三三年法律第一二八号による全文改正前の旧法においては、右改正後の新法の長期給付にあたる退職給付等の支給に関する事務は各組合の事務とされ、したがつて右給付に要する費用にあてるための掛金の俸給に対する割合、すなわち掛金率は、各組合につき運営規則でこれを定めるものとされ(第六八条)、一方連合会は福利、厚生に関する事業を行い、たゞ連合会加入組合は右退職給付等の支給に関する事務を連合会に委託することができるものとされ、(第六四条の二)ていたにすぎないのであるが、新法においては、連合会加入組合の事業のうち長期給付に関する事業及び福祉事業を、法律上当然の委託事務として連合会の事業とし(第二一条第一項)、たゞ右福祉事業は加入組合がその固有の財源により自ら行うことも妨げないものとされ(同条第二項)、長期給付に関する事業を右のように連合会の事業とした結果、たとえば、長期給付に要する費用はその費用の予想額と掛金及び負担金の額並びにその予定運用収入の額の合計額とが、将来にわたつて財政の均衡を保つことができるように、かつ毎年度の掛金及び負担金の額が平準的になるように定めるためすべての連合会加入組合の最近数年間の、施行令第一二条第二項各号所定の事項を基礎として算定すべく、またすべての連合会加入組合を組織する職員を単位として算定すべきこと(第九九条第一項第二号、施行令第一二条第二項第一二条の二第二項)、連合会加入組合は、長期給付に充てるべき掛金については、給与支給機関からの払込があるごとにこれを連合会に払込むべきこと(法第一〇一条第四項)、連合会加入組合は、国の負担金として払込をうけた金額のうち、長期給付に充てるべき金額については、右払込があるごとにこれを連合会に払込むべきこと(法第一〇二条第三項)、連合会は、長期給付に充てるべき積立金(責任準備金)を積立て、管理、運用すべきこと(法第三六条第一八条第一九条なお第三九条)、連合会加入組合にかかる長期給付を受ける権利は連合会が決定すること(法第四一条第一項)、等とそれぞれ定められている。そして右のような法の規定からすれば、新法においては、旧法の場合とは異なり、長期給付のごときはその保険制度としての性質上、小規模の組合にあつては合理的運営がきわめて困難であるところから、連合会加入組合にかかる長期給付事業を連合会の事業としたもので、したがつて右事業の主体は連合会であることが明らかであるからである。

すなわち、連合会がその加入組合にかかる長期給付事業の主体と考えられる以上、長期給付の掛金率を連合会が決定すべきものと定めた法第一〇〇条第二項第四一条第一項の規定はむしろ当然のことを定めたものといわねばならず、原告らの主張するように連合会は単に長期給付の決定、支払の事務を共同して行う組織にすぎないから掛金率の決定権はない、というように解すべきものではない。同様にまた、連合会が長期給付事業の主体である以上長期給付の掛金率に関する連合会の定款変更が大蔵大臣の認可を得て効力を生じたときは、連合会加入組合は連合会の決定した掛金率に当然に拘束され、その掛金率変更が加入組合の定款に掲げられなくてもその効力発生には影響がなく、また加入組合の定款には連合会の定めた掛金率と異なる掛金率を掲げることはできないものと解すべきである。この点につき原告らは、連合会の決定は当然には加入組合の組合員を拘束せず、加入組合の組合員を拘束するためには、加入組合の定款をも変更する必要があると主張するが、前記のとおり連合会が事業主体として統一的保険計算に基いて掛金率を決定するものであると解すべきものである以上は右のようにして決定された掛金率を更に加入組合の定款にも掲げなければ加入組合の組合員を拘束する効力がないと解する実質的な理由に乏しい(かりに加入組合が、その運営審議会の議を経て連合会の決定した掛金率と異なる掛金率を定款に掲げたとしてもその定款変更について大蔵大臣はこれを認可しないであろうことは、長期給付の性質上当然に予想されるところであり、運営審議会の運営の仕方、掛金率の当否は本件争点とは直接関係ないところである)ばかりでなく、原告らの右主張の文理上の根拠である法第六条第一項第六号第二項の規定は、法第二一条第一項第二四条第一、二項と対照し、かつ前記のような長期給付に関する新法の建前に則してこれを考えれば、法第六条第二項の適用をうける関係での同条第一項第六号の組合の定款に定むべき給付及び掛金に関する事項とはは、連合会加入組合の長期給付にかかる給付及び掛金に関する事項を除くその余の、すなわち、連合会加入組合の短期給付にかかる給付及び掛金に関する事項並びに連合会非加入組合の長期給付及び短期給付にかかる給付及び掛金に関する事項を意味し、したがつて、連合会加入組合の長期給付にかかる給付及び掛金に関する事項についても同加入組合の定款に定むべきこととされているのは、法が、既にその事項については連合会の定款で決定されたところではあるが、なおその重要性に鑑み、それを個々の加入組合の定款にも掲げることとしたからにすぎないものと解するのが相当であるから、原告らの右主張も採用できない。そうだとすると、被告連合会の定款変更が大蔵大臣の認可を得て効力を生じた以上、被告らが原告らの俸給から、右変更にかかる掛金率により、長期給付に充てるべき掛金相当額を控除し、払込みをうけることはなんら違法でないというべきである。

よつて原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)

(別紙目録省略)

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